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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1255号 判決

控訴人 光亜証券株式会社

被控訴人 矢野清作

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金百四十六万二千八百円及びこれに対する昭和二十八年五月九日から支払ずみまで年六分の金員を支払え、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めると申し立て、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、次に記載する事項の外、原判決の記載と同一であるからこれを引用する。

一、控訴代理人は、次のように述べた。

控訴人は原審において「被控訴人は昭和二十八年一月二十五日控訴会社の代理人小林林市に対し、国際観光株式会社の株式一万株を一株につき金二百十円総額金二百十万円で、翌二十六日現金又は銀行保証小切手と引換に買い受け度い旨の申入をなし、控訴人はこれを承諾し、契約は成立した」と主張したが、右被控訴人が控訴人に対してなしたのは、買受の申込ではなく、被控訴人は同日右代理人に対し、右株式一万株を一株につき金二百十円の指値を以て買付の委託をなし、控訴代理人は右指値注文の委託を承諾し、その趣旨に基き、翌二十六日東京証券取引所の前場にて同額の価額を以てこれを買い付け、その旨の報告書を被控訴人に送付したものであるから、これを訂正する。

二、被控訴代理人は、次のように述べた。

右控訴人主張の事実を否認する。被控訴人はもともと控訴人と被控訴人との間に、国際観光株式会社株式について何等の約定も成立しなかつたことを主張するものであるが、仮りに控訴人の代理人小林林市との間に、右株式について何等かの約定が成立したとしても、それは控訴代理人が当審にいたり改めて主張するに至つたような株式の買付の委託ではなく、株式の売買そのものである。しかるに右株式は東京証券取引所の上場株であるから、同取引所の取引員である控訴人が、同市場外において、右のように、同株式を売買することは、証券取引法第百二十九条、東京証券取引所業務規程第八十八条、第八十九条に違背して無効である。

〈立証省略〉

理由

控訴人が有価証券の売買の媒介、取次、代理、有価証券市場における売買取引の委託の媒介、取次又は代理その他を目的とする株式会社で、東京証券取引所の会員であることは、当事者間に争がなく、昭和二十八年一月二十五日(日曜日)控訴人の店員訴外小林林市が、横浜市中区宮川町の被控訴人方において、控訴会社の代理人として国際観光株式会社株式の取引について、被控訴人と何等かの話し合いをしたことは、弁論の全趣旨に徴して明白である。

控訴代理人は、当日右小林林市と被控訴人との間に、右国際観光株式一万株につき、一株金二百十円の指値による買付の委託契約が成立したと主張し、被控訴代理人は、当日右株式一万株の取引について小林林市から話があつたが、被控訴人はこれを取り合わず、何等の約定も成立しなかつた。仮りに何等かの約定が成立したとしても、それは控訴代理人が原審で主張したように、右株式の売買そのものについての約定であつて、株式の売買の委託ではないと主張する。

この点について証拠を検討するに、当日右の話合いには、前記小林林市、被控訴人の外、小林林市の知人山崎仁が立ち合つたものであることは、弁論の全趣旨により、これまた明白であるが、第一審及び当審における証人山崎仁の証言中には、被控訴人はかねて山崎仁に対し国際観光株式会社の株式を買い受け度いとの申込を受けており、当日たまたま来訪した小林林市を被控訴人方に案内し直接交渉するよう紹介したところ、結局前日の土曜日には二百二十円を少し下廻つていたので、それに関係して二百十円で取引しようという話になり、この株はその翌日控訴人の方から被控訴人宅へ持つて行つて渡し、それと引換に銀行の保証小切手で取引することになつた旨の供述があり、また同証言により真正に成立したと認める甲第六号証(同人作成の証言書)には、「一月二十二日被控訴人から国際観光株式について問い合せがあり、誰か手持があれば買い度い意向を伝えて来た。一月二十五日小林林市を被控訴人宅へ同行し、国際観光株式について被控訴人の希望を小林林市に正式に伝え、受渡価格については、前日の引値即ち一株二百十円と話が決り、明日値段の上昇如何にかかわらず、この価格にて受渡しましようと約しました旨が記載されている。また第一審における証人小林林市の証言中には一月二十五日被控訴人に会つたところ、同人は国際観光株式会社の株式一万株を欲しいといい、その一株は二百十円で買うというので、その日に半金欲しいと小林林市がいつたところ、株券引換に金を払うというので、それなら明日でもよいかといつたら、それでもよいというので、明二十六日株と引換に金を銀行の保証小切手で払うからということで話がまとまつた旨及び被控訴人は現住所に大きな店を持つており、その店舗とか、また即座に株の売買の話の決まつたことなぞからして、小林林市はその取引に不安を持たなかつた旨並びに当審における同証人の証言中には、一月二十五日被控訴人から二十四日の終値で一万株買い度いとの申込があり、株はその翌日持つて来て、代金は現金または銀行保証小切手で支払うということに決りました旨の各供述があり、また同証言により真正に成立したと認める甲第七号証(同人作成の控訴会社あて報告書)には、被控訴人が国際観光株式会社の株式をぜひ欲しく、一株二百円位で欲しいと述べたのに対し、小林林市が、二百円では無理だ、明日高くなつても二百十円で一万一株差上げるのだからと答え、結局被控訴人が「二百十円で一万株戴きます」ということとなり、受渡を翌日の昼頃と約した趣旨の記載がある。更にその成立に争のない甲第九号証(昭和二十八年二月二十七日控訴人が被控訴人にあてた催告書)には、「弊社社員小林林市を通じ昭和二十八年一月二十五日御注文を賜わりました国際観光株式会社株式一万株の売買については、左記条件にて売買契約を締結しました。

価額金二百十万円也昭和二十八年一月二十四日現在終値一株当り金二百十円の割、受渡決済日昭和二十八年一月二十六日正午頃、代金支払方法銀行保証小切手払」なる記載がある。

一方右小林林市、山崎仁の各証言及びこれによつて真正に成立したと認める甲第二号証によれば、被控訴人と控訴人とは従来何等の取引もなかつた間柄であるのに、本件の取引については、保証金、証拠金のたぐいの受授は全然話題に上らず、また控訴人は本件取引について、被控訴人から全然手数料を徴していないことが認められ、また被控訴人が、株式市場における売買委託のあつた場合の通例の受渡期日である四日目を待たず、特に翌日引渡を受けなければならないような特別の事情は、何等これを認めるに足りる証拠がない。

以上引用の各証言及び文書の記載並びに後に引用する当審証人渡辺兼久の証言と右認定にかかる一切の事情とを綜合して考察すれば、前記一月二十五日控訴人の代理人小林林市と被控訴人との間において、控訴人は被控訴人に対し国際観光株式会社株式一万株を、その前日の最終値である一株について金二百十円の確定値段で売り渡す旨の売買契約が成立したものと認定するのが相当であつて、当日右両者間には何等の約定も成立しなかつた旨の原審及び当審における被控訴本人の供述、その成立に争のない乙第三号証の記載並びに右約定は売買ではなく、買付の委託であつた旨の当審証人小林林市の証言及びその成立に争のない甲第二十号証の一、二の記載は、これを採用せず、他に右控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

尤も当裁判所において真正に成立したと認める甲第十五号証の十四によれば、控訴会社は、昭和二十八年一月二十六日午前十時五十三分東京証券取引所において、国際観光株式会社株式一万株を一株について金二百十円で買付をしたことを認めることができるが、当審証人渡辺兼久(控訴会社の取締役)の証言によれば、被控訴人は昭和二十八年一月二十五日山崎仁を通じ是非国際観光株式会社株式一万株を欲しいといつて来たので、当時証券勘定として一万株程あつたのを小林林市が見、会社に持株があると思つて売る約束をした。二十六日朝九時五分頃小林林市の報告によると被控訴人が二百十円で一万株ほしいといつて来て、今日直ぐ受渡をするということだつた。そこで帳簿を見たらあるだろうと思つていたのが、一万株ないので、早速買付をして受渡しできるようにしようと思い、その買付を株式部に指令を出し、直ちに二十六日の前場で二百十円の株を委託買付をしたことが認められるから、右買付の事実は、先になした小林林市と被控訴人との間に一月二十五日一株金二百十円の確定値による売買契約が成立した旨の認定を覆す資料とすることはできない。

以上説明のように、控訴人と被控訴人との間に昭和二十八年一月二十五日国際観光株式会社の株式一万株を一株につき金二百十円の指値で買付委託がなされた旨の控訴人の主張事実は、ついにこれを認めるに足りる証拠がないから、これを前提とする控訴人の本訴請求は、すでにこの点において認容することができないものといわなければならない。しかのみならず一方右認定のように、当時控訴人被控訴人間に前記株式の売買契約が成立したとしても、国際観光株式会社株式が、東京証券取引所の上場株であることは、その成立に争のない甲第十五号証の一ないし三十一によつても明白であつて、同取引所の会員である控訴会社が、上場株式について、取引市場を経由せず、直接に売買の契約を締結することは、特定の場合を除き、証券取引法第百二十九条、第百八条、東京証券取引所業務規程第八十八条、第八十九条に抵触して無効と解するを相当とするところ、控訴人は本件取引がこの特定の場合に該当する売買であることを主張するものでないから、この点からいつても、控訴人の本訴請求は、これを認容するに由のないものといわなければならない。

してみれば、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は、結局において相当であつて、本件控訴はその理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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